触覚・力覚フィードバックデバイスの発展系譜

了解しました。1980年から1995年にかけて開発された触覚・力覚フィードバックデバイスに関する学術文献を、ロボット工学およびVR分野を中心に調査し、発展の系譜を明らかにします。

調査対象として、IEEE、ACM、Springer、Elsevier、ASMEの学術文献を優先し、技術の外観レベルを概観しながら、主要なキープレイヤー(研究者・研究機関)および代表的なデバイスを特定します。

調査が完了次第、結果をレポート形式でお知らせします。

背景と概要

触覚・力覚フィードバックデバイスとは、人間の触覚や力覚に対応するフィードバック(力の反力や振動など)を与えることで、ユーザが物理的に物体に触れているかのような感覚を得られる装置です。この技術は当初、遠隔操作(テレオペレーション)型ロボットで培われ、後にバーチャルリアリティ(VR)にも応用されました

www.therobotreport.comwww.dcs.gla.ac.uk。1980年代から1995年にかけては、マイクロプロセッサなどの進歩に伴い、こうしたデバイスの研究開発が飛躍的に活発化し**www.therobotreport.com**、多くの試作機や初期商用製品が生まれました。本報告では、この期間における触覚・力覚フィードバック技術の発展の流れを、ロボット工学およびVR分野を中心に概観します。また、主要な研究者・研究機関・企業と代表的なデバイスについても言及し、その系譜を明らかにします。

1980年代:遠隔操作から生まれた力覚フィードバック

n1980年代は、原子力産業などで用いられてきた遠隔操作マニピュレータの技術が発展し、人間の操作に対し力のフィードバック(反力)を返す「力覚フィードバック」の研究が加速しました

www.therobotreport.com。特にNASAジェット推進研究所(JPL)のアンタル・ベイツィ (Antal K. Bejczy) は、ロボットアームの遠隔操作における力反力の重要性を早くから認識し、6自由度の力反力ハンドコントローラを開発しましたwww.therobotreport.com。この装置はマスタ操作器の各関節の動きを電気的にスレーブアームへ伝達し、さらに接触時の力を操作者に返すもので、当時の先進的なテレロボティクス技術の一例でした。実際、JPLでは1981年に6自由度の力反力ジョイスティックの試作機について報告がありwww.osti.govwww.semanticscholar.org、宇宙での遠隔作業用「汎用力反力手操作器」の研究が行われています。

一方、従来からある機械式マスタースレーブ装置も小型化・高性能化が模索されました。例えば1980年代にはNASAの宇宙作業用テレロボット (FTS) の操作器として、小型マスターアーム(ミニマスター)の概念が提案されています

www.dcs.gla.ac.ukwww.dcs.gla.ac.uk。また、油圧や電動サーボで駆動するサーボマニピュレータ(遠隔操作ロボットアーム)も高度化し、力の増幅(例:1/2や1/4の力感覚)機能を備えた機種が登場しましたwww.dcs.gla.ac.uk。こうした遠隔作業用デバイスの多くは、人間の操作感覚を高める目的で双方向(バイラテラル)制御を採用し、マスター側に触覚・力覚フィードバックを実現していました。

しかし、人間の腕に外骨格的に装着する「エクソスケレトン型」の力覚デバイスは、当時は実用上課題もありました。1960年代に提案された「マスタースレーブ式エクソスケレトン」(例:MosherのHandyman

www.dcs.gla.ac.ukやGEのHardimanwww.dcs.gla.ac.uk)の系譜を引く装置は、腕の外側にアクチュエータを配する必要があることや、装着者の安全面・可動域の制約から一時下火となっていましたwww.dcs.gla.ac.uk。1980年代後半になるとこれらの課題に対し、人間の解剖学に即した関節構造や軽量アクチュエータの検討が進み、後の手軽な力覚デバイス開発につながっていきます。

1980年代後半:VR時代の黎明と触覚デバイスの登場

n1980年代後半には、コンピュータ上の仮想世界にユーザが没入するVRの概念が注目を集め始めました。それに伴い、視覚や聴覚だけでなく触覚をVRに取り込む試みも始まります。NASAエイムズ研究所のスコット・フィッシャーらは「バーチャル環境ワークステーション (VIEW)」を開発し、1988年頃にはデータグローブ型コントローラに振動モーターを取り付けて基本的な触覚フィードバックを与える実験を行いました

www.dcs.gla.ac.uk。これは指先に振動による接触フィードバックを与えるもので、同時期に民間で発売されたVPL社の「データグローブ」**(1987年)**にも応用されましたwww.dcs.gla.ac.uk。VPL社のデータグローブ自体は手指の曲げを計測する入力デバイスでしたが、NASAの研究ではそこに触覚提示を加えることで、仮想物体に触れた感覚を与えようとしたのです。

また、この時期、アメリカ・UNCチャペルヒル校のフレデリック・ブルックス教授のグループは、VRに力覚フィードバックを取り入れた先駆的プロジェクト「GROPE」を進めていました。彼らはもともと1960年代から分子構造の力学を“触って”理解する研究に着手しており

ohiostate.pressbooks.pub、1980年代後半にはアルゴンヌ国立研究所製の遠隔操作マニピュレータ「ARM」を改良して分子間力を手で感じる実験に成功しましたwww.dcs.gla.ac.uk。1988年には仮想の分子を手で掴み力の反発を感じるデモをCHI会議で報告しwww.dcs.gla.ac.uk、1990年までにユーザがプロテイン分子のくぼみを触知できる「GROPE III」システムを完成させていますwww.dcs.gla.ac.uk。この装置では大型の6自由度マスターアームを用い、ユーザが握るハンドルに対して上下左右前後の三方向の力と、ねじり三軸のトルクを提示できましたcs.unc.edu。その結果、ユーザはコンピュータ内の分子模型に触れ、引き合う力や反発する力のフィールドを直感的に感じ取ることができたのですcs.unc.edu。UNCの成果は「視覚に頼らず触覚で科学データを理解する」というVR応用の新境地を開拓し、学術界に大きな影響を与えましたwww.dcs.gla.ac.uk

このように1980年代の終わりには、触覚・力覚デバイスは遠隔作業分野からVR研究へと橋渡しされ始めました。テレロボティクス研究で培われた技術が、仮想空間でのインタラクション(例:仮想物体の硬さや形状を感じること)に応用され、触覚VRの黎明期を形作ったのです。

1990年代前半:VR応用の拡大とデスクトップ型ハプティクス

n1990年代に入ると、VRブームと相まって触力覚フィードバック技術の研究開発が世界的に加速しました。大学や研究機関では、人間が机上で扱えるサイズのハプティクス装置が次々と試作されています。例えば筑波大学の岩田洋夫らは1990年のSIGGRAPHで、机上サイズの小型マスターマニピュレータによる力覚付き人工現実感を発表しました

cs.unc.edu。岩田の装置は指先や掌に力を返す9自由度の電動力覚提示システムで、ユーザはバーチャル空間内の立体物に触れているかのような抵抗感を得られるものでしたcs.unc.edu。この研究は、実質的に**「デスクトップVR」**に触覚を組み込んだ初期の例であり、小型・高性能な力覚装置の可能性を示しました。

アメリカではラトガース大学のグリゴレ・バーディア (Grigore Burdea) が1992年頃に「ラトガースマスタ」と呼ばれる力覚グローブを開発しました

cs.unc.edu。これは市販のデータグローブに小型の空気圧シリンダ(マイクロシリンダ)を組み込み、指先3本(親指・人差し指・中指)に対して握る抵抗力を提示できるようにしたものですcs.unc.edu。軽量で比較的安価な構成ながら、指先への力覚提示により仮想物体を掴んだときの硬さや抵抗感をユーザに感じさせることができました。この成果はPresence誌に発表されcs.unc.edu、VR分野における力覚インタフェース研究の重要な一歩となりました。類似の試みとして、Exos社が開発した**「デクスタス・マスタ(Exos Dextrous Hand Master)」**も挙げられます。こちらは手の甲や指関節にリンク機構とモーターを装着するエクソスケレトン型の力覚グローブで、指の曲げ伸ばしに対する反力を提示できました(1990年代初頭)www.researchgate.net。これらグローブ型デバイスは遠隔ロボットハンドの操作にも利用可能であり、VRのみならず遠隔作業用のマスタ操作器としても研究されていますwww.researchgate.net

さらに、日本の東京工業大学の佐藤誠らは張力制御されたワイヤ(糸)を用いる独創的な力覚デバイス「SPIDAR (Space Interface Device for Artificial Reality)」を開発しました

citeseerx.ist.psu.edu。SPIDARは枠組みに張った数本のワイヤを指またはグリップに結び、ワイヤを巻き取ることで空間内の任意方向から力を与える仕組みですciteseerx.ist.psu.edu1993~94年頃の研究発表では、ユーザが両手で球体デバイスを握り、仮想物体との衝突や重力の感触を得るデモが示されました。この方式は構造が簡潔で大きな作業空間を実現できる利点があり、後の人間スケールのハプティクス装置へも発展していきます。

欧州でもイタリア・ピサのSant’Anna高等研究所のマッシモ・ベルガマスコ (Massimo Bergamasco) らが触力覚VRに注力しました。彼らは1992年の欧州プロジェクト「GLAD-IN-ART」において、アート鑑賞や造形作業向けの力覚インタフェースを開発し、その成果をImagina’92で発表しています

www.dcs.gla.ac.uk。ベルガマスコのチームは並行してケーブル駆動式の多自由度力覚装置や、人間の腕に装着する力覚フィードバック機構などを研究し、欧州におけるハプティクス研究の黎明期を支えました。

このように1990年代前半は、大学や研究所発のプロトタイプが百花繚乱の様相を呈し、VR応用に適した触覚デバイスの形態(グローブ型、アーム型、机上型、糸吊り型など)が模索された時代と言えます。それぞれのアプローチにおいて、主要研究者たち(岩田、バーディア、佐藤、ベルガマスコ等)の活躍が目立ち、学会や国際会議で触覚VRの可能性が盛んに議論されました。

1990年代中頃:商用ハプティクス装置の登場と技術の成熟

n1990年代中頃になると、研究試作段階にあった触覚デバイスが徐々に製品化され、市場にも姿を見せ始めます。特に象徴的なのがMITで開発された「PHANToM」ハプティックインタフェースです。トーマス・マッシー (Thomas Massie) とJ・ケネス・サリスベリ (J. Kenneth Salisbury) により考案されたPHANToMは、机上型の小型アーム装置で、ユーザの指先に装着した指ぬき(スリーブ)に精密な3次元力を提示できる画期的なデバイスでした

****medesign.seas.upenn.edu****。使用時にはユーザは人差し指をPHANToMの指ぬきに入れ、仮想環境内の物体に触れたり押したりすると、その指先に物体から受ける反力が返ってきますmedesign.seas.upenn.edu。低摩擦・高剛性の並列リンク機構と優れたバックドライブ特性を備えた設計により、空中で何もないはずの場所に硬い壁や物体が存在するかのような「触覚錯覚」を生み出すことに成功しましたmedesign.seas.upenn.edumedesign.seas.upenn.edu。PHANToMは1994年前後にプロトタイプが完成し、その性能が学会で報告されると大きな反響を呼びましたwww.scirp.org。この成果を受けてマッシーらはベンチャー企業SensAble Technologies社を設立し、PHANToMは1995年には商用製品として提供されるようになりますen.wikipedia.orgwww.therobotreport.com。これはデスクトップハプティクス装置の商業化第1号であり、VR研究のみならずCADや医療シミュレーションなど幅広い分野で利用される基盤技術となりました。

同じ頃、触覚デバイス専門のスタートアップ企業も登場しました。アメリカではImmersion社(イマージョン)が1993年に設立され、VR向けの力覚ジョイスティックやフォースフィードバックマウスの開発に着手しました(※製品自体の市場投入は後年になります)。また、NASA出身者らによるVirtual Technologies社はデータグローブの改良とともに、指先に力を与える外骨格ハンドデバイスを研究し、後にCyberGrasp(サイバーグラスプ)として商品化する下地を築きました(同デバイスの発売は1998年であり本期間の範囲外ですが、技術開発は90年代中頃に進められていました)。日本では東京大学の舘暲(たち・すすむ)教授が提唱する**テレイグジスタンス(遠隔存在)**プロジェクトにおいて、人間型ロボットアームを介して遠隔地同士で握手をする実験が1995年前後に実現されています。この「相互テレイグジスタンス」実験では、マスターアームとスレーブアーム双方に力覚フィードバック機構を備え、離れた二人のユーザが互いの存在感や握手の力強さを感じ取ることができました

www.youtube.com。舘らの研究は、ロボット工学とVR技術を融合させ、人間の触覚コミュニケーションを遠隔で可能にする先駆的な試みでした。

加えて、触覚フィードバックの概念はエンターテインメント分野にも波及しました。1994年にはAura社から「オーラ・インタラクタベスト」という着用型デバイスが発売されています

en.wikipedia.org。このベストはオーディオ信号の低音成分を振動に変換して身体に伝えるもので、ゲーム中の衝撃(パンチや爆発)を身体で“感じる”ことを狙った製品でしたen.wikipedia.org。これは純粋なVR用触覚デバイスではありませんが、一般消費者向けに「振動によるフィードバック」という触覚体験を提供した例として注目されました。

n1990年代中頃までに、触覚・力覚フィードバックデバイスの技術は大きく成熟し始めたと言えます。研究室レベルの試作機から生まれた技術が実際の製品へと結実し、VRのみならず訓練シミュレータやエンターテインメントなど多方面で応用され始めました。主要なプレイヤーとしては、学術界では前述のベイツィ、ブルックス、サリスベリ、岩田、舘、バーディア、佐藤、ベルガマスコらが牽引し、企業ではSensAble社やImmersion社、Virtual Technologies社などが市場を切り拓く役割を果たしました。それぞれのデバイスは形態こそ多様でしたが、「人が触れることのできない環境を触れるようにする」という共通の目標に向かい、ロボット工学の制御技術とインタラクティブなコンピュータグラフィックス技術が統合されていったのです。

おわりに

n1980年から1995年に至る15年間は、触覚・力覚フィードバック技術の草創期から成熟期への過渡期でした。初期には主に遠隔作業ロボットの分野で発展した技術が、やがてVRという新たな舞台で活躍の場を広げ、数多くの革新的デバイスが生み出されました。触覚デバイスの外観レベルで見る技術トレンドとして、当初は大型のマスタースレーブアームやエクソスケレトンの形で実現されていた力覚提示が、次第に小型・デスクトップ化し、精細な仮想触感を提供できるようになった点が挙げられます。ロボット工学の制御理論(インピーダンス制御や安定化手法など)とVRの人間工学的設計が融合し、触覚フィードバックの信頼性と没入感が向上しました。

この期間の重要な系譜を振り返ると、遠隔操作マニピュレータからUNCの科学可視化への応用

www.dcs.gla.ac.uk、各国の研究室での多様なデバイスの試行cs.unc.educs.unc.edu、そしてPHANToMに代表される商用デスクトップ装置の誕生medesign.seas.upenn.eduへと至る流れが見て取れます。それぞれの段階で、触覚技術のキーとなるプレイヤー達が重要な知見とデバイスを提供し、本分野の発展に寄与しました。1995年までに触覚・力覚フィードバックは研究開発の一大テーマとして定着し、以降の医療用ハプティクスや家庭用ゲーム機のフォースフィードバック機能など、現在に連なる応用の基盤が築かれました。触覚は人間の五感の中でも特に難しいとされたインターフェースですが、この時代のパイオニア達の成果により飛躍的な進歩が遂げられたのです。今後もこれら先人の業績を礎に、触覚技術はさらなる発展を続けていくでしょう。

参考文献: 本調査ではIEEEやACMをはじめ主要学術ソースを参照しました。特に、Robert J. Stoneによる触覚フィードバック史のレビュー

www.dcs.gla.ac.ukwww.dcs.gla.ac.uk、UNCの技術報告書cs.unc.educs.unc.edu、および各種国際会議論文(Iwata 1990cs.unc.edu、Burdea 1992cs.unc.edu、Massie & Salisbury 1994medesign.seas.upenn.eduなど)を通じて、当該期間の技術動向と代表例を確認しました。また、日本における動向については舘暲のテレイグジスタンス概念tachilab.orgや佐藤誠のSPIDAR開発citeseerx.ist.psu.eduなど国内研究の成果も踏まえて記述しました。以上をまとめ、1980~1995年の触覚・力覚フィードバックデバイスの発展系譜を報告いたします。